04


「…俺を知ってるなら話は早い。叔父貴を渡せ」

何らかの理由で真山 昭一郎の身柄が猛側に拘束されているということか。

どちらにしろ俺には関係ない話だ。

「拒めばお前の色がどうなるか分かるだろ…?」

勝ち誇ったように告げる茂文に俺はもう興味すら失った。

俺にはどうでもいいことだ。

『…好きにしろ』

「なっ!?」

そう、猛の返事も。始めから分かっていたことだ。

『出来るならな』

「ふざけやがって!」

当たり前の結果に凍りついた心は何も感じない。

俺は天井を見上げ、口端を吊り上げた。

「ほら、言っただろ。俺は人質にはなりえないって」

即断された茂文は顔を屈辱に歪め、手にしていた携帯を床に叩き付け叫ぶ。

「…っ、クソッ!こうなったらソイツだけでも潰してやる。お前等、ヤっちまえ!」

ギロリと興奮で血走った目が俺を見据える。

思うように動かないこの身体では逃げられない。

助けもない、絶望的な状況だ。

そう分かっているが自然と恐怖はなかった。

俺の心はとうとう壊れてしまったのか。諦めることしか知らない俺は、全てを受け入れるように瞼を下ろした。

猛に切り捨てられ、せっかく自由になったっていうのに…

伸びてきた男達の手が俺の腕と足をベッドに押さえつける。

その際右腕が痛みに悲鳴を上げたが、もうどうでもよかった。

今度はコイツ等に捕まるのか。

俺の瞳はもう何も写してはいなかった。

そして、沈みそうになった俺の意識を引き戻すように何の前触れもなくいきなりガァンと部屋の扉が外側から打ち破られた。

「なにっ!?」

瞬きの間にザッ、と十名もの人間が雪崩れ込み茂文を始めとする真山組の構成員が捕らえれ、床に捩じ伏せられる。

「くっ―、貴様ぁ!氷堂ぉ!」

「てめぇにはその姿がお似合いだぜ」

最後にカツンと足音を響かせて猛が堂々と姿を表した。

「―っ、謀ったな!あのガキィ!嘘吐きやがって!」

床に捩じ伏せられた茂文が俺を睨むが、俺の目には入らなかった。

俺はただただ呆然と、いきなり現れた猛を見つめていた。

「な…んで…?」

混乱する思考に、目の前の出来事に、ついていけない。

猛は俺を見ず、茂文に近付くと髪を掴み自分の方に向けさせる。

「残念だったな、真山 茂文。てめぇは俺の逆鱗に触れた。生きて帰れると思うなよ」

研ぎ澄ました牙を心臓に突き付け、猛は冷酷な瞳で茂文を見下ろす。

そこでようやく茂文は自分が弓を引いた相手を間違えた事を自覚した。

カタカタと恐怖で身体が震えだし、冷や汗が噴き出す。格が違いすぎる。

部屋を満たす猛の殺気に、離れた場所にいるにも関わらず肌が粟立った。

猛は恐怖で震える茂文から視線を外すと真っ直ぐ俺の元に向かってくる。

俺を拘束していた男達はすでに退かされ、床に這いつくばっている。

「拓磨」

上半身を起こした俺の頬にスッと手が伸ばされる。

それに俺はビクリと肩を跳ねさせ、無意識にベッドの上で後ずさった。

…怖い。この手が。

さっきまで感じなかった恐怖が俺を襲う。

細く息を吐き出し、出来るだけ気丈な声を出した。

「…何しに来た?」

「決まってんだろ。お前を迎えにだ」

迎え?何、言ってんだコイツは。

お前はそこで震えてる奴に、好きにしていいって言ったじゃねぇか。つまり、

「俺はもう、いらないモノだろ?」

猛の言っている意味が分からなくて、俺は感情の籠らない声で聞き返した。

すると何故か猛はチッと舌打ちし、俺の左腕を掴むと自分の方へ強引に引き寄せた。

「――!?」

そして、腕の中にぎゅぅっと抱き締められる。

「誰が何時いらねぇなんて言った?お前を手放した覚えはねぇぜ」

密着したことでふわりと香る香水の匂いに、伝わってくる猛の体温。

ザァッと顔から血の気が引いていく。

「…ゃ…めろ、…離せっ!」

怖い、怖い。

ジワジワと伝わる熱が怖い。早く離れないと…。

…独りに戻れなくなる。

左手で猛の胸を押し返すがビクともしない。逆に更に力を込められ離れられない。

「…っ!?…ゃ…め…!」

人が温かいなんて知らなくていい。温もりなんて知らなくていい。…っ、もう二度と知りたくもねぇ!



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